FRBの政策と2023年の三大テーマ
- FRBの大幅なタカ派的な金融政策への突然の方針転換は、昨年、市場を揺るがしました。
- FRBは引き続き物価安定の使命に注力していますが、その使命を達成するため、ピーク時の政策金利を決定するうえで金融状況、実質金利、賃金など、いくつかの要因がカギを握ります。
- 少なくとも緩やかな景気後退を回避するのは、困難な課題だと言えるでしょう。FRBの政策手段の切れ味は鈍く、やるべきことは複雑であり、難しいトレードオフが待ち受けています。
本稿は、世界の経済・金融のテーマを探求するシリーズの初回となります。本稿を含め本シリーズでは、世界の主要な金融政策当局の1つの米連邦準備制度理事会(FRB)に焦点をあてることになりますが、今後は、世界の経済および金融市場についても幅広く私の考え方をお伝えしていくつもりです。読者の皆様がノイズからシグナルを抽出し、毎日画面を埋め尽くす膨大な経済・金融データに隠された新たなトレンドを見つけるために、少しでもお役に立てれば幸いです。
米国および世界の金融市場では波乱の1年が終わろうとしています。ほとんどの投資家にとっては非常に苦しい1年となりました。混乱の主な原因は、FRBをはじめとする主要中央銀行が、協調したわけではないにせよ突然相次いで金融政策の方針をタカ派に転換したことでした。インフレ曲線に先回りしようとしたためですが、インフレ曲線はホッケーのスティック型の急勾配で、悲惨なほど持続的なことが、物価と賃金の両方のデータで広く明らかになっています(図表1参照)。
FRBの12月の「経済予測概要(SEP)」は、FOMC(連邦公開市場委員会)の委員の多くが、フェデラル・ファンド(FF)金利のレンジの上限を5.25%と見込み、来年の利上げ停止を予想していることを示しています。予想される5.25%のFF金利が物価の安定を取り戻すのに十分かどうかは、少なくとも3つの要因にかかっています。
タカ派へ転換したFRBの政策
実際にFRBがタカ派へ転換し始めたのは2021年11月のFOMC会合です。この時、量的緩和プログラムを段階的に縮小し、予想よりも早く終了すると発表しました。タカ派路線はその後も続き、今年3月にはFF金利が今回のサイクルで初めて0.25%引き上げられ、5月には0.5%の追加利上げと大規模な量的引き締め(QT)を夏に開始することを決定しました。6月には0.75%の大幅利上げを実施し、さらにその後、FOMCは3回連続で0.75%の追加利上げを実施しました。12月の会合では利上げ幅が0.5%に圧縮され、声明文では引き続き「金融政策の累積的な引き締めと、金融政策が景気やインフレに影響を与えるタイムラグを考慮に入れる」としています。
わずか9カ月間でFF金利の累積利上げ幅が4.25%に達したことは、FRBの今回の利上げサイクルが、過去40年あまりで最も積極的であることを示しています。こうした利上げに、量的引き締め(QT)プログラム、政策金利の将来の予想経路に関するFOMCのフォワード・ガイダンス(先行き指針)が相まって、金融状況は大幅に引き締まっています。名目およびインフレ調整後の実質の債券利回りは、少なくとも過去15年間見られなかった水準に達しました。また5年先5年物ブレーク・イーブン・インフレ率は、FRBの2%のインフレ目標と整合的な水準で概ね安定しています。これは、米国のインフレ率が長期的には落ち着くと投資家が見ていることを示唆しています。さらに、2022年12月に発表されたFOMCの最新の「経済予測概要(SEP)」は、FOMC委員の多くが、2023年前半数回の会合で何度か追加利上げを実施することで、一旦利上げを休止し、これまでの金融政策が、総需要を総供給に見合う水準に引き下げるのに十分な程度に金融状況を引き締めたかどうかを検証する態勢に入る、と考えていることを示唆しています。こうしたバランスを取ったアプローチは、インフレ率をFRBの長期目標である2%に戻すのに寄与するとみられます。
2023年のFRBの三大テーマ
12月のSEPが示唆する5.25%のFF金利が、米国の物価の安定を取り戻すのに十分かどうかを判断するには、少なくとも次の3つの要因が重要です。
一つ目の要因は、FRBのフォワード・ガイダンスと金融状況が乖離するリスクです。2022年は何度か、特に7月のFOMC会合後に、金融状況が一時的に緩和されました。その理由として、FRBが最終的に政策金利を制限的な領域に押し上げることに投資家が疑問を抱いたこと(詳細は後述)、あるいは政策金利がピークとみられる水準に達した後、かなり長期にわたって制限的な領域に据え置かれることに投資家が疑問を抱いたことが挙げられます。ジェローム・パウエルFRB議長は11月30日にブルッキングス研究所で「利下げをすぐに実施したいわけではないため、過度に引き締めたくはない」と述べましたが、仮に市場がこうした利下げを織り込んで金融状況が緩和した場合、インフレ率を長期的に2%に戻す経路に載せるのに、ピーク時の政策金利が5.25%では十分でない可能性があります。
今回のサイクルにおけるFF金利のピークを決定するうえで、二つ目の重要な要因は、予想実質金利を制限的な領域に押し上げるために必要な、政策金利の水準です。12月のSEPの予測は引き続き、FOMC委員が長期の中立実質金利を約0.5%と考えていることを示しています。これに対して本稿執筆時点の5年物米物価連動債(TIPS)の利回りは約1.4%です(図表2参照)。つまり、この市場ベースの指標では、5年物の実質金利がFRBの中立金利の推定値を上回っていることになります。FRBはこの市場価格を、FRBの政策が総需要の伸びを鈍化させ、最終的にインフレに下方圧力をかけるために必要な制限的な領域に移行しつつあることの証である、と見る可能性があります。もっと広く言えば、FRBの利上げ、フォワード・ガイダンス、量的引き締め(QT)が相まって金融状況の指標が引き締まっており、FRBは、現在の中立実質金利の推定値だけでなく、より幅広い金融状況を踏まえて、FF金利の最終到達点を調整しようとする可能性があります。
今回の利上げサイクルがいつ、どの水準でピークに達するかを判断する上でカギを握る三つ目の要因は、米国の失業率の最終的な上昇です。これは、基礎的な生産性を除いた賃金上昇率が、FRBの長期的な物価安定目標である2%と整合的である水準を大幅に上回る中、労働市場でのコスト・プッシュ圧力を緩和するために必要となります。米消費者物価指数(CPI)の最近の数値は正しい方向に進んでいますが、足元の賃金上昇率は年率で5%を超えています(図表1を参照)。基礎的な生産性の上昇ペースは甘めに見て1.25%前後と推定されることから(出所:米労働統計局(BLS))、FRBが2%のインフレ目標を達成できると自信を持つためには、賃金上昇率が最終的に1~2%低下する必要があることを示唆しています。歴史的に、米国でここまでの幅の賃金上昇率の低下が起きたのは景気後退期に限られます。またFRB自身が12月のSEPで、失業率は2023年末時点で4.6%に上昇すると予想しており、今年9月に記録した3.5%から1%以上高くなる見通しです(出所:BLS)。参考までに1990年と2001年の比較的穏やかな景気後退期を見てみると、失業率はそれぞれ1.3%と1.2%上昇する一方、賃金上昇率はそれぞれ1.0%、0.8%低下しています(出所:賃金上昇率はBLS、失業率はアトランタ連銀)。こうした歴史的な比較は有益ですが、パンデミック後の労働市場が根本的かつ複雑な形で変化したのは明らかです。また、2023年にかけて、物価の安定と整合的なペースに賃金上昇を抑えるために、労働市場でどの程度の調整が必要かは、かなりの不確実性があるはずです。
要約すると、現在の状況で少なくとも緩やかな景気後退を回避するのは、困難な課題だと言えるでしょう。FRBの政策手段の切れ味は鈍く、やるべきことは複雑であり、難しいトレードオフが待ち受けています。パウエル議長が2022年8月のジャクソンホール会議で表明したように、議長とFOMCは、ポール・ボルカー元議長やアラン・グリーンスパン元議長の下で苦労して勝ち取った物価の安定を反故にすまいと決意を固めています。この時の短い講演でパウエル議長は、FRBは「仕事をやり遂げるまでやり続ける」と2度述べました。FOMCは確かに仕事をやり遂げるまでやり続けるだろうと私は確信していますが、その目的地への過程ではFRBが機微で忍耐強くなる必要があるでしょう。
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