プラザ合意とルーブル合意の真の教訓
本稿はもともと2025年4月29日のフィナンシャル・タイムズ紙に掲載されたものです。
1985年9月のプラザ合意とそれに続く1987年2月のルーブル合意は、今日、国際的な経済政策協調の重要な成功例として高く評価されています。
これらの合意の狙いは、過大評価された米ドルの価値を下落させ、巨額に膨らんだ米国の貿易赤字を削減するとともに、貿易赤字を契機に高まった保護主義的圧力を抑制することにありました。結局、1987年には秩序立ったドル安が実現し、1989年までにはGDPに占める貿易赤字は3分の2削減されました。プラザ合意とルーブル合意でミッション達成です。
為替市場への直接介入は、ドル安と貿易赤字縮小の実現に、重要な役割、おそらく決定的な役割を果たしたと広く信じられてきました。しかし、これは根強く残る神話に過ぎません。
魅力的な神話ではあります。もしある国が、志を同じくする同盟国と協調して為替市場に介入するだけで貿易赤字を事実上解消できるとすれば、驚くべきことではないでしょうか。ですが、それも間違いです。実は歴史的な記録が示してくれる教訓はかなり違っており、その教訓は、米国の貿易赤字削減を目的とした、フロリダ州のトランプ大統領の私邸になぞらえたマール・ア・ラーゴ通貨合意に関する、現在の議論や計画に大いに関係するでしょう。
1985年9月、米国、ドイツ、日本、英国、フランスの先進5ヵ国(G5)の代表が集まり、ドル高について議論しました。この時まとまったプラザ合意では、参加国が協調して為替市場に介入することが決まりました。主な動機は、保護主義的な圧力を緩和し、対GDP比で約3%に達していた米国の貿易赤字を削減することでした。
その2年後、パリでルーブル合意が調印されました。この合意では、政策の転換が示されました。参加国は十分にドル安が進んだと結論づけ、既存の水準で為替レートを安定させ、さらなる変動を抑えることで合意したのです。
しかし、実証的証拠と学術研究では、協調介入は象徴的なこととして重要であるものの、1985年から1987年にかけてのドル安の主因ではなかったことが示唆されています。
むしろ、決定的な役割を果たしたのは、米連邦準備制度理事会(FRB)のポール・ボルカー議長のもとでの米国の金融政策の大幅な緩和でした。ボルカー議長は、1984年後半までに、1979年に受け継いだ2桁のインフレの抑制に成功しており、金利を引き下げる余地が十分ありました。実際、1984年10月(プラザ合意の11ヵ月前)から1986年12月(ルーブル合意の2ヵ月前)の間に、FRBは政策金利を12%から6%に引き下げており、そのすぐ後に、利下げと足並みを揃える形でドル安が進みました。
米国の財政健全化も、貿易赤字の削減に不可欠でした。レーガン政権は、1981年当初は減税と防衛費の増額を行いましたが、後年は、議会と協力して大幅な財政引き締め措置を講じました。これらの措置を合わせて米国の財政赤字は40%近く削減されましたが、経済が拡大するなか米国の貿易赤字を縮小する上で不可欠な措置でした。重要なのは、当初のプラザ合意の声明では、世界の貿易不均衡を縮小するには米国、日本、ドイツの財政調整が必要であることが明確に強調されており、少なくとも米国では、それが実現された点です。
最近では、プラザ合意やルーブル合意の例えを用いながら「マール・ア・ラーゴ合意」の可能性についての議論が持ち上がっています。エコノミストのゾルタン・ポーザー氏や大統領経済諮問委員会(CEA)のスティーブン・ミラー委員長などの提唱者は、これまでに協調介入によるドル安や、外国の中央銀行が保有する短期の米国債を長期債や永久債と交換するなど、新たな協定について議論しています。さらに、一部の支持者は、為替協調を安全保障協定や関税引き下げと結びつけることを提唱しています。
プラザ合意とルーブル合意は、貴重な歴史的教訓を与えてくれます。協調的な為替介入は、政策の意図を示し、一時的に為替レートに影響を与えることはできますが、持続的な調整には、協力的な金融政策と財政政策が必要です。提唱されているマール・ア・ラーゴ合意は、概念的には似ていますが、金融政策の柔軟性が限られている点、財政健全化の見通しが不透明である点、そして複雑な地政学を考慮しなければならない点など、現代ならではの課題に直面しています。
国際協調を成功させるには、為替介入だけに頼るのではなく、金融、財政、地政学全般にわたる信頼できるコミットメントが必要であることを、政策立案者は認識するべきでしょう。
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