本稿は2026年2月10日付のフィナンシャル・タイムズ紙に掲載された英文記事の和訳であり、英語の原文と内容に相違がある場合は原文が優先します。
日本の衆議院選挙において、与党の自由民主党が歴史的な勝利を収めたことを受けて、高市早苗首相は戦後最大級とも言える民意の後ろ盾を獲得しました。その結果、成長志向の政策への転換に対する期待が高まることとなりました。
もっとも、政治情勢の透明性が増したからといって、市場の行く先が明確になったとは限りません。投資家の観点からは、方向性こそより確かになったとはいえ、財政拡大の範囲や規模、政府の債務管理政策、金融政策正常化のペース、外交政策などに不確実性が残ります。これらの「既知の未知(known unknowns)」への対応次第で、市場が選挙後の楽観的な見方をさらに後押しするのか、これを疑問視するのかが決まることになるでしょう。
自由民主党が衆議院で3分の2の多数を獲得したことによって、高市首相は党内で揺るぎない基盤を確立しました。また、政策アジェンダの安定性が一段と高まると同時に、政府が目指す政策の実現性を市場が評価する際の重みが増すことにもつながります。
有権者が成長最優先の戦略を評価した背景には、長年にわたる景気低迷への不満があると考えられます。低成長の環境下で、家計の所得や資産形成は抑制されてきました。コロナ禍における輸入価格ショック、物価上昇に追い付かない賃金の伸び、円安の進行は、生活水準のさらなる下押し要因となりました。
そのような状況において、高市首相が掲げた「責任ある積極財政」という方針、なかでも財政の持続可能性は結局のところ経済成長次第であるとの主張は、有権者の共感を得ることに成功しました。こうした主張は、日本の成長制約は主に財政要因によるものであるという通説に、疑問を投げかけるものでした。また、防衛・エネルギーの分野における投資や、テクノロジーの分野における成長投資に重点を置く方針は、経済合理性と政治的訴求力を兼ね備えるものでした。もっとも投資家にとっては、それが意図どおりに実現するかが問題であり、今後の政策の方向性を形成する不透明あるいは不確実な要素に向き合う必要があります。
1つ目は、財政投資の範囲と規模が依然として不透明である点です。2026年度予算の大枠は固まったものの、成長戦略の詳細が判明するのは6月になる見通しです。経済効果の大きさは、もはやデフレではないなか、インフレと市場金利の上昇圧力が一段と高まるのを抑制するほど、投資によって生産性が速やかに向上するかどうかに左右されると考えられます。財政刺激策は需要を速やかに喚起する一方で、AIをはじめとするテクノロジー分野への投資による生産性向上の効果は、顕在化するまでに時間を要し、規制緩和や補完的な改革が伴う場合に限られます。
2つ目の不確実性は、恒久的または半恒久的な財政支出に関連するものです。高市政権が提示した食料品向け消費税減税の時限的措置は、規模としては限定的であるものの、仮に長期化した場合に政府債務の長期的な方向性に影響を与える可能性があります。同様に、現行のGDP比2%の防衛支出が拡大し、長期化する場合にも、持続的な影響が生じる可能性があります。
3つ目は、政府の債務管理政策が不透明である点です。日本の国債市場では、財政の信認に関する幅広い懸念を共有してきました。消費税の減税案が浮上した際には、40年債利回りが一時4%を超えて上昇する場面も見られましたが、これは、むしろテクニカル面での需給不均衡によって増幅された過剰反応と考えられます。財務省による、より効果的なコミュニケーションと発行計画の柔軟化は、政策の移行期において市場ストレスの緩和に寄与する可能性があります。
4つ目は、金融政策が不確実性を増幅させている点です。日本経済はすでにデフレ状態にありません。インフレ率は日銀の政策目標である2%に近づき、リスクは上振れ方向に傾斜しています。その結果、政策正常化を支持する根拠は強まっています。日銀の政策運営が財政政策の制約を受けているとの認識が少しでも生じれば、インフレ期待が押し上げられ、長期国債のボラティリティが上昇する可能性が高まります。
5つ目は、外交政策に関連します。日本外交の基軸は引き続き対米同盟ですが、地域のパートナーとの連携強化の重要性も増しています。高市首相はサプライチェーンの強靱化と中国への経済的依存の段階的な引き下げを強調しているものの、中国との緊密な経済関係を考慮すると、日中間の緊張を早急にコントロールすることの重要性が浮き彫りになります。
これらの不透明性および不確実性は既に市場動向にも表れています。国債市場では利回りが上昇傾向にあり、政策リスクに対してプレミアムを要求する債券投資家の姿勢がうかがえます。一方で、株式市場では、不透明性および不確実性について比較的円滑に解消すると見込んでいるようです。
投資家にとって重要な問題は、政府の方針が成長志向的かどうかではなく、政策の実行によってインフレ期待が安定し、財政の信認が維持され、タームプレミアム(長期債投資に求められる追加リターン)の過度な上昇が抑えられるかどうかです。その意味において、与党圧勝後の日本の先行きは、政治的信任そのものよりも、不透明性や不確実性が市場でどのように評価されるかに左右されると言えるでしょう。