要約
- 市場構造が変化する過程で、社債市場の流動性は向上しています。関連するデータは、市場流動性の向上と参加者層の拡大が進み、取引コストが低下している状況を示しています。
- ディーラーの債券保有額(在庫残高)については、統計手法の変更と流動性のネットワーク化の進展を背景に、指標としての有効性が低下しています。
- 流動性を比較する際には、パブリック市場、プライベート・プレースメント、真のプライベート・クレジットを明確に区別することが欠かせません。
投資に関する議論では、数カ月ほど前から流動性のテーマが注目を集めています。なかでも、プライベート・クレジットの一分野である企業向けダイレクト・レンディングに対して、厳しい目が注がれるようになりました。投資の仕組みにおいて、実質的に売却が難しい資産を保有する一方で、毎月もしくは毎四半期の流動性提供にコミットするケースが多いためです。プライベート・クレジット・ファンドの解約制限に関する報道は、リスクが理論的なものにとどまらない状況を裏付けています。
このような環境において、社債が取引されるパブリック・クレジット市場の流動性に関して、議論が継続的かつ並行的に行われています。流動性に課題があるとみる向きの中には(その多くはプライベート・クレジットに積極的な運用会社ですが)、プライマリーディーラーが以前ほど社債の在庫を保有しなくなったことに加え、取引が比較的新しい銘柄の一部に集中していると主張する向きがあります。その一方で、流動性を一定程度評価する立場からは、取引システムや市場構造の進化によって、改善傾向が続いているとの反論が聞かれます。
市場のデータは、後者の見方を明確に裏付けています。市場の「デプス(厚み)」、「ブレス(広がり)」、「トランザクション・コスト(取引コスト)」に関する各種の補完的な指標を見ると、パブリックな社債市場は、世界金融危機以降のどの時点よりも健全な状態にあると考えられます。
適切な物差しを用いる
「市場流動性」という用語には単一の定義はありませんが、一般的には、資産を迅速に、十分な規模で、かつファンダメンタルズを反映した価格で売買できるかどうかを表わす概念と理解されています。主な構成要素としては、以下の3つが挙げられます。
- デプス(市場の厚み):市場において価格の大きな変動を伴わず取引を吸収できるか
- ブレス(市場の広がり):取引が幅広い銘柄にわたって行われているか
- トランザクション・コスト(取引コスト):どの価格水準であれば即時の取引実行が可能か
各構成要素について、TRACEのデータベース1から入手される取引レベルのデータを活用して、定量化することが可能です。1つ目の「デプス(市場の厚み)」の計測においては、Amihudの非流動性指標2を活用します。簡単に言うと、これは取引金額1単位あたりの平均価格変動を表わす指標です。ボラティリティの影響は受けるものの、投資適格債市場とハイイールド債市場の両方で比較的安定した動きが観察され、足元では時系列的なレンジの下限近くに位置しています(図表1参照)。
ディーラーの在庫指標が流動性を正確に反映しない可能性がある理由
世界金融危機後、社債市場の規模が3倍以上に拡大しているにもかかわらず、ディーラーの在庫が大幅に減少しているとの見方が広がっています。流動性に対する需要が高まる一方で、伝統的な供給の源泉が縮小しているという議論ですが、統計手法の重要な変更が見落とされています。
2013年より前のニューヨーク連銀によるプライマリーディーラー調査では、社債と証券化商品の保有額が合算ベースで報告されていました。特に重要な点として、報告値には、世界金融危機直前に急増し、危機後に急減した、非政府系のモーゲージ債(MBS)の保有額が含まれていました。2013年に社債と証券化商品がフォワードルッキングな観点から区分されるようになると、遡及的な修正が行われなかったため、見落とされがちな構造的断絶が生じることになりました(図表4参照)。
この期間中、ポートフォリオ・トレーディング、上場投資信託(ETF)、電子プラットフォームをはじめとするイノベーションの影響によって、流動性はバランスシートに依存する形からネットワークに依存する形に変貌を遂げています。
また、これに関連して、活発に取引されているのは発行直後の「オン・ザ・ラン」銘柄に限定されている、という批判も聞かれます。実際には、ハイイールド債市場(図表5参照)と投資適格債市場の両方において、発行から一定の時間が経過した「オフ・ザ・ラン銘柄」の売買回転率が大幅に上昇している状況が、TRACEのデータにおいて示されています。
また、「オフ・ザ・ラン」銘柄の流動性が向上するなかで、歴史的に流動性が最も低いセグメントの1つであった小規模企業が発行する債券は、以前よりはるかに頻繁に取引されるようになりました。
図表6はこの点を示したものであり、特定の月に取引がなかった債券の割合を、「小規模な」発行体(社債発行残高の下位半分)と「大規模な」発行体(同上位半分)で比較しています。この図表から、ハイイールド債市場では、バランスシートの小さい発行体も大規模な発行体と同程度に、市場の価格発見機能の恩恵を受けていることが読み取れます。投資適格債の市場でも、程度はやや小さいものの、同様の傾向が見られます。
プライベート・プレースメント vs.プライベート市場
流動性に関する議論において、批判的な立場からは、一貫して流動性が低い真の「プライベート・クレジット」と、米国1933年証券法規則144Aに基づいて発行される「プライベート・プレースメント形式の私募証券」が混同されることがあります。
発行体は、規則144Aに基づく私募証券を発行する場合、米国証券取引委員会(SEC)への登録を省略したうえで、適格機関投資家向けに発行することが可能であり、迅速な取引執行と発行コストの抑制といったメリットが得られます。2014年半ばには、規則144Aに基づく私募証券の取引情報がTRACE上で公表されるようになり、透明性と流動性が大幅に向上しています。規則144Aに基づく私募証券はハイイールド債市場全体の約80%を占めるようになり、現在ではまとまった金額で定期的に取引されています(図表7参照)。
パブリック・クレジットの流動性は変遷を経て改善傾向に
結論として、パブリック市場の流動性は、市場の厚み、広がり、取引コストという側面において、近年ではかつてなく強固になっています。流動性リスクを評価し、パブリック・クレジットとプライベート・クレジットのトレードオフ関係を分析する投資家にとっては、市場の構造が実際にどのように機能しているのかを理解することが欠かせません。
ガブリエル・カゾビエイユが本稿の作成に協力しました。