背景説明と主要なテーマ
不動産市場において重要なのは、もはや価格調整が一巡したかどうかではなく、キャップ・レートの高止まりが続くと見込まれる環境下で、何がリターンの源泉となるかを見極めることです。
投資家は、資本構成のどの領域において、最も魅力的なリスク対比リターンが期待できるかを検討する必要があります。エクイティ投資では、アクティブなアセットマネジメントを通じて、インカムに加え、アップサイドの獲得機会が期待できる一方、デット投資では、ダウンサイドの抑制を図りながらインカムを追求できる可能性があります。
資産の競争力が問われる時代
商業用不動産市場は均衡状態に達しつつあります。運営面のファンダメンタルズはおおむね安定し、キャップ・レートは高止まりするレンジで推移しています。また、多くのセクターでは、新規供給が抑制されています。
しかし、PIMCOでは、この均衡状態が不動産市場の新たな局面への移行を促すとみています。人工知能(AI)と地政学的な変化は、物理的空間の利用形態や価値評価のあり方を再編する可能性があります。なかでも、AIの影響が最も大きいと考えており、生産性、テナントの行動、空間の利用形態に与える影響が顕在化するまでには、数年を要する可能性があります。一方、地政学的な変化はAIほど新しいテーマではありませんが、その重要性は決して劣るものではありません。(PIMCOでは最新の長期経済展望「断裂する世界とレジリエンス」において、AI関連インフラ投資が主導する設備投資ブームと地政学的な変化が世界経済に及ぼし得る影響について分析しています。)
市場では、この2年間の大半にわたり、価格調整が一巡したかどうかの議論が続いてきました。しかし、PIMCOの見解では、これは適切な問題設定とは言えず、投資家は、キャップ・レートの低下による恩恵が期待しにくくなった環境において、今後のリターンの源泉が何であるかを見極める必要があります。また、テナント、資本提供者、政府が物理的空間の役割を再考する中、運用マネージャーは、自ら保有する資産や融資対象資産、取得を検討する資産が、将来にわたり競争力を維持できるかを見極める必要があります。
不確実性はもはや一過性のものではなく、むしろ、市場の構造的な特徴となりつつあります。とりわけ、従来型セクターからデータセンターをはじめとするAI関連資産へ資金がシフトする中、従来型セクター内の二極化は一段と深まると予想しています。
しかし、不確実性が高いからといって、行動を控えるべきということではありません。PIMCOでは、用途、テナント構成、事業計画、保有期間、資本構成、地域など、あらゆる側面における柔軟性こそが、この局面における重要な競争優位性になると考えています。多くのセクターでは、こうした柔軟性は、代替性の低い立地やミッション・クリティカルな用途によって支えられます。ただし、「ミッション・クリティカル」の意味合いは市場によって異なります。
また、持続性とレジリエンス(強靭性)を備えたインカムと、資産レベルでのアルファ創出を追求する投資家にとっては、価格調整と新規開発の鈍化を受けて、投資機会はより魅力的なものとなっています。これは市場全体への投資を推奨するものではなく、むしろ、アクティブ運用、柔軟な資本活用、そして規律ある投資判断の重要性を示すものです。
AIが不動産市場に与える影響
AIは需要構造を変化させるとともに、不確実性を高めています。
他の資産から、データセンターを含むAIインフラ整備へ資金が振り向けられる場合、セクター内の二極化は一段と進む可能性があります。AI処理能力を備えたデータセンターの整備だけでも、2030年までに5.2兆ドルの設備投資が必要になると予測されています脚注1。こうした資金シフトは、時間の経過とともにキャップ・レートの上昇圧力となる可能性があります。
加えて、AIは従来型セクター内の二極化を一段と進め、代替性の低い立地やミッション・クリティカルな用途を有する資産が、相対的に優位なパフォーマンスを示す可能性があります。ただし、PIMCOの経験上、セクター内で資産ごとの運営実績に差が生じる局面では、資本市場が優位な資産と劣後する資産を十分に見極めるようになるまで、セクター全体のキャップ・レートが拡大する傾向があります。そして、優位な資産が市場に認識されるまでには時間を要します。
さらに、AIは幅広い業種において生産性を大きく押し上げ、空間に対する需要のあり方を変える可能性があります。とはいえ、その影響を予測することは容易ではありません。ある調査によると、米国では現在行われている業務の約25%がAIによって自動化される可能性があります。また、AIが企業全体に広く普及するまでには10年程度を要し、その過程で労働者の6~7%が職を失う可能性があるとの見方も示されています脚注2。
これらは一定の根拠に基づく試算であり、確実な予測ではありません。しかし、大きな方向性は明らかです。AIによって物理的空間そのものが不要になる可能性は低いものの、その利用のあり方は大きく変わる可能性があります。不動産投資家にとっては、単なる稼働率ではなく、その資産が将来にわたり競争力を維持できるかが重要な判断基準となります。
運用会社は、自らの業務プロセスの改善にAIを活用すべきですが、より重要なのは、AIが形づくる経済環境の中で保有する資産の競争力を維持することです。また、同じセクターに属する資産を一律に評価することも避けるべきです。代替性の低い立地をはじめとする不動産投資の伝統的なファンダメンタルズは、軽視されるどころか、これまで以上に重要になると考えられます。
この局面では、用途が限定され、柔軟性に乏しい長期的な事業計画に依存する物件よりも、用途転換の可能性を備えた資産の方が、より高いレジリエンスを発揮する可能性があります。事業計画、資産の用途、保有期間、資本構成、地域などの面における柔軟性が、価値創出を左右する重要な要素になりつつあります。
不動産とインフラの融合
インフラと不動産の境界は、ますます薄れつつあります。インフラ資産は、長期的でレジリエントなリターン、とりわけインフレ連動性を備えたリターンを求める投資家にとって、従来から魅力的な投資対象でした。一部の不動産資産は、同様のインカム特性に加え、ポートフォリオの分散効果をもたらす可能性があります。
その最も分かりやすい例がデータセンターです。データセンターは、土地の取得、許認可の確保、開発、リーシングを通じて価値が創出されるという点で、不動産資産として評価することができます。一方で、その価値が電力供給、冷却設備、可用性、送配電網へのアクセス、運営の信頼性によって左右されるという点では、インフラ資産としての性格を強く有しています。
こうした境界の曖昧化は、社会・公共インフラの分野にも見られます。医療施設、学生寮、アフォーダブル住宅(所得制限・家賃制限等の条件が付された住宅)、高齢者向け住宅、生活必需品を扱う小売店は、立地条件とアセットマネジメントに依存するという意味で、不動産資産に分類されます。一方で、その需要は、必要不可欠なサービスや人口動態、公共部門のニーズ、継続的な消費に支えられているため、インカム特性はインフラ資産に近いものとなる場合があります。多くのインフラ関連資産の開発・供給を実現するうえで、最終的に重要となるのは不動産投資・開発に関する専門知識と実行力です。
警察署、裁判所、公共安全施設、官公庁施設などの公共資産は、形態としては不動産でありながら、機能面ではインフラとしての性格を有しています。これらの資産は公共サービスを支える一方で、長期的な維持管理や設備更新を必要とし、その多くは公的部門の信用力によって支えられています。公共施設の老朽化や維持管理の遅れを背景に、官民連携、リースバック、借地契約などの長期的なスキームを通じて、民間資本に新たな投資機会が生まれる可能性があります。
防衛分野でも、特に欧州においては官民連携の重要性が高まっています。2025年にオランダ・ハーグで開催された北大西洋条約機構(NATO)首脳会議において、欧州加盟国は、2035年までに防衛能力に関する中核的な要件および防衛・安全保障関連支出として、毎年、国内総生産(GDP)比5%を投じることで合意しました。このうちGDP比約1.5%は、防衛関連インフラ向けの支出に充当される見込みであり、その対象には物流施設、訓練・採用センター、軍人向け住宅、データセンター、製造・生産施設、研究開発施設、社会インフラなどが含まれます。
投資家は、不動産の強みを生かせる周辺テーマに着目すべきと考えられます。不動産投資には専門的な知見が求められる一方で、コアインフラと比べると、デジタル、社会・公共インフラ、防衛分野を中心に、投資実行のスピードが速く、実行面の複雑性も相対的に低い場合があります。
投資への示唆:不動産投資における選択肢
不動産市場は、運営面のファンダメンタルズがおおむね安定する一方で、リターンの源泉が変化する新たな局面を迎えつつあります。PIMCOでは、以下の優先事項を柱とする投資アプローチを選好しています。
選別的かつ柔軟なアプローチを採用
明確な勝者が見えていない中、投資家はセクター全体の方向性を前提とするのではなく、複数のシナリオを前提に個々の資産を評価・分析すべきと考えられます。用途、テナント構成、事業計画、保有期間、地域、資本構成などにおける柔軟性は、資産価値を維持し、アップサイドを捉えるうえで不可欠となる可能性があります。
持続性の高いインカムとダウンサイド耐性を優先
表面的な利回りの高さよりも、インカムの質を重視すべきです。投資家は、テナントの質、賃貸借契約の内容、賃料負担力、契約更新の可能性、設備投資の必要性、需給要因の予測可能性を重視すべきと考えられます。重要なのは、持続性の高いキャッシュフローと、需要の減退、コストの上昇、陳腐化の加速による影響を受けやすいインカムを見極めることです。
代替性の低い立地と運営面での競争力を重視
立地の質が投資判断の中心であることに変わりはありませんが、何が「ミッション・クリティカル」に当たるかは、セクターによって異なります。具体的には、データセンターでは電力へのアクセス、ネットワーク接続性、低遅延性、物流施設では近接性と労働力の確保、住宅では賃料負担力と人口動態、小売施設では日常的な買い物需要を支える集客力、オフィスでは立地と機能性が重要になります。変化するテナントニーズに対応できない資産は、流動性が一段と低下し、陳腐化が加速する可能性があります。
投資判断に需要リスクを明確に織り込む
AIと地政学情勢は、物理的空間の利用のあり方と、その価値を大きく変えつつあります。これらは新たな需要を生み出す一方で、資産をテナント、コスト、テクノロジー、規制、流動性に関するリスクにさらす可能性もあります。投資家は、セクターへの追い風がすべての資産に等しく及ぶと想定するのではなく、個々の資産の需要要因についてストレステストを行う必要があります。
資本構成全体を活用
エクイティ投資では、価格の見直しや運営面の改善、再開発の可能性を通じた価値創造により、安定的なインカムに加えてアップサイドが期待できる場合があります。一方、デット投資では、ラスト・ダラー・リスク(資本構成上の最劣後リスク)を負うことなく、持続性の高いインカムと担保による保全効果が期待できる場合があります。重要なのは、対象となる不動産に固有のリスクに対して、最も魅力的なリスク対比リターンが期待できる資本構成上の領域を選択することです。
流動性を確保し、明確な出口戦略を策定
二極化は、パフォーマンスだけでなく、流動性の面にも表れる可能性が高いと考えられます。需要が弱い資産、多額の追加投資を必要とする資産、買い手層が限られる資産、出口戦略が不明確な資産は、資金調達や売却が一段と難しくなる可能性があります。ただし、セクター内で資産ごとの運営実績に差が生じても、資本市場が優位な資産と劣後する資産を十分に見極めるまでには、長い時間を要する可能性があります。したがって、投資判断にあたっては、借り換え、想定される買い手層、売却時期、ダウンサイド・シナリオにおける出口戦略について、現実的な前提を置く必要があります。
レジリエントなセクターと有力なテーマが交わる領域を追求
魅力的な投資機会は、社会インフラ、物流、データセンターなどのレジリエントなセクターと、地政学や国家主権に関わる要請などの有力なテーマが交わる領域に存在する可能性があります。重要なのは、単にどのセクターに分類されるかではなく、その資産が必要不可欠なサービス、生産性、安全保障、接続性、信頼性をどのように支えているかという点です。
結論として、次の局面では、不動産投資家は、持続性の高いインカム、予測可能な需給要因、ダウンサイド耐性、そして実行力によって創出されるアルファを追求すべきとPIMCOは考えています。PIMCOでは、レジリエントなセクターと構造的なテーマを積極的に組み合わせ、柔軟な資本活用と規律ある投資判断によって幅広いシナリオのもとで資産の競争力を維持することが、最も魅力的な投資機会につながると考えています。
1 マッキンゼー、2025年4月現在。 Return to content
2 ゴールドマン・サックス・リサーチ、2026年3月現在。 Return to content