最近の米連邦準備制度理事会(FRB)の発信は、よりタカ派色を強めています。これは、供給要因による価格上昇圧力が長期化することで、インフレ期待に波及し始める可能性への懸念を反映したものです。ただし、今回は過去のサイクルと異なり、供給ショックだけでは説明できません。地政学的緊張、エネルギー供給の混乱、戦略的投資といったコスト押し上げ要因が、AI関連支出の急増や資産効果と重なり、経済の一部では需要を下支えしています。
この組み合わせは、金融政策運営にとって重要です。伝統的に、中央銀行は、供給ショックが実質所得や需要を押し下げるため、これを一時的なものとして見極める余地があるとされてきました。しかし現在では、供給制約が投資主導や資産効果による需要と相互作用し、そのシグナルを不鮮明にしている可能性があります。その結果、インフレの基調を誤認するリスクが高まっています。さらに、AIによる需要の押し上げは、将来的には、生産性の上昇や労働分配率の低下を通じて、よりディスインフレ的に作用する可能性もあります。(詳細は、2026年5月21日付「マクロ経済の羅針盤:AI、市場支配力、労働分配率の低下」をご覧ください。)
PIMCOの基本シナリオでは、こうした不確実性から、FRBは2026年を通じて政策金利を据え置き、2027年に利下げに転じると見ています。ただし、想定し得る結果の幅は広がっており、2027年には、いずれの方向であっても政策の大きな転換が必要となるリスクが高まっています。
インフレ圧力の下で利上げの可能性を示唆するFRB
最近のFRBの発信は、インフレ率が目標を上回った状態が続くリスクに対し、政策担当者が一段と敏感になっていることを示しています。4月のFOMC議事要旨では、インフレが鈍化しない場合には、さらなる金融引き締めが適切であると考える参加者が多数を占めたことが示されました。その後も、複数のFRB高官が、利上げの可能性を排除できないとの見解を公にしています。
FRBのタカ派への転換は、米国の個人消費支出(PCE)ベースのインフレ率(年率換算)が、総合(食品・エネルギーを含む)およびコアの両指標ともに、ここ数カ月で加速し、FRBの長期目標である2%を1%ポイント超上回る水準に達していることを反映しています。
PCEデータの加速に加え、労働市場の勢いが安定し、失業率がやや低下していることを受け、FRB自身が算出するテイラールールに基づく適正政策金利の推計値も上昇しています。FRBが半年ごとに議会へ提出する金融政策報告書に示されている複数の政策ルールに基づく推計レンジは、現在の政策金利が75〜100ベーシスポイント(bp)程度、緩和的であることを示唆しています(図表1参照)。
高止まりするインフレは、関税やイラン情勢に起因するエネルギー価格の上昇といった供給ショックと重なって生じています。経済理論および歴史的な事例は、供給要因による価格圧力に対して、中央銀行が過度に積極的な引き締めを行うことには慎重であるべき、すなわち一時的なインフレ上振れは政策対応の対象から外す余地があることを示唆しています。こうした姿勢が、テイラールールなどの政策ルールと実際の政策との間に見られる乖離を説明している可能性があります。
しかし、大規模なテクノロジー産業やエネルギー産業を抱える米国経済では、他の動向がインフレ見通しを複雑にしています。供給ショックが、特定のセクターでは需要の強まりに寄与する、あるいは同時に生じる可能性があります。例えば、地政学的緊張は、効率性や拡張性の向上、労働コストの低下、国家安全保障の強化を目的としたAI投資を急がせている可能性があります。さらに、世界的なエネルギー価格が高止まりすれば、いずれ米国のエネルギー投資も増加すると考えられます。
こうした需要サイドの押し上げが、価格上昇による実質所得の圧迫に直面している大多数の家計(および非エネルギー関連企業)に対して、どこまで強まるのかは、FRBを含む政策当局にとって主要な論点です。いわゆる「K字型」の経済動向のどの側面が主導的となるかは不透明であり、政策金利の先行きの幅は従来より広がっています。
供給ショックと最適な金融政策
視点を広げると、供給ショックに対して金融政策がどのように対応すべきかという問い自体は、新しいものではありません。金融政策ルールは供給起因のインフレに対して利上げを示唆しますが、経済理論および歴史的な事例の双方によれば、供給要因による価格圧力に対して、中央銀行が積極的な引き締めを行うことには慎重であるべきとされています。
インフレが過剰需要によって引き起こされている場合、利上げはインフレを抑制すると同時に経済活動を減速させ、FRBの二重の使命(物価の安定と雇用の最大化)の双方を安定させる効果があります。
供給ショックは、これとは本質的に異なるトレードオフをもたらします。エネルギー価格の上昇や世界的なサプライチェーンの混乱といった負の供給ショックによってインフレが生じる場合、産出が弱まる中でも物価は上昇します。この場合、金融引き締めは需要を抑制する効果を持ちますが、インフレの根本原因に直接対処しないまま、成長減速を増幅させ、失業率を押し上げるリスクも伴います。
こうした非対称性は、金融政策の枠組みに組み込まれています。柔軟なインフレ目標戦略の下では、特にインフレ期待が安定している場合、一時的なインフレ上昇についてはこれを織り込まない余地を残しつつ、より持続的な需要主導の圧力に政策対応を集中させます。金融政策は長く不確実なラグを伴って効果を発揮するため、一時的な供給起因のインフレ上昇に過度に反応すると、将来の産出や雇用に不必要な変動をもたらす可能性があります。
理論的な枠組みにとどまらず、歴史的にも多くの中央銀行は実務上このアプローチを採用してきました。国際決済銀行(BIS)の研究1 によれば、ここ数十年にわたり、先進国の中央銀行、特にFRBは、供給主導のインフレよりも需要主導のインフレに対して、より強く反応してきたとされています。
供給ショックへの対応の限界
供給ショックを一時的なものとして扱う対応にも限界があります。
第一に、発生要因を問わず、インフレ率が目標を上回る状態が持続すれば、インフレ期待がアンカーから外れる可能性があります。家計や企業が高インフレの持続を予想するようになると、価格設定や賃金設定の行動が変化し、インフレが自己強化的に定着し、修正が困難になるおそれがあります。その場合、当初のショックが供給起因であったとしても、最終的にはより積極的な政策対応が必要となる可能性があります。
現時点では、米国のインフレ期待は、消費者、専門家、市場のいずれにおいても概ね安定しています。ミシガン大学消費者調査の指標は最近加速していますが、調査手法の変更により、過去データとの比較解釈が難しくなっています。一方、ニューヨーク連銀調査、リビングストン調査、プロフェッショナル予測者調査など、他の調査はいずれも、米国のインフレ期待が落ち着いた状態にあることを示しています。
しかしもう一つの課題は、目標を上回るインフレが、供給要因と需要要因のどちらにどの程度起因しているのかをリアルタイムで把握することです。特に、供給ショックと需要ショックが同時に発生する場合や、供給ショックが投資需要の増加を誘発する場合には、その見極めが一層難しくなります。
現在のインフレを供給と需要に分解する
現在のインフレを主導しているのは、供給でしょうか、それとも需要でしょうか。
サンフランシスコ連銀のエコノミスト、アダム・シャピロ氏2の研究によれば、コアPCEインフレが加速し始めた2025年10月以降、供給要因が総合およびコアの双方のインフレにとって重要な要因となっていますが、それ以外にも解釈が難しい要因が作用しています。同氏の研究は、予想外の価格変動と、消費者による財・サービスの実質購入量との相関に基づいており、年率換算ベースで加速したコアPCEインフレ(40bp)および総合PCEインフレ(80bp)のうち、供給要因がそれぞれ約20bpを説明しているとしています。残りの加速分については、「曖昧」と分類されており、インフレのサプライズと実質消費の変化との相関が、統計的にどちらの要因とも断定できるほど強くないことを意味します(図表2参照)。
この曖昧な要素が今後どのように推移するかが、中央銀行の対応を左右する可能性があります。
金融政策への意味合い
供給ショックが米国のインフレ高止まりに寄与していることは明らかですが、それだけが作用しているわけではありません。エネルギーコストの上昇や関税が実質所得全体を圧迫する一方で、AI投資や株式市場に起因する資産効果に結びついた分野では、需要の底堅さが引き続き見られます。さらに、AIによる生産性向上が将来的にディスインフレ方向に作用する可能性もあり、状況は一層複雑です。
この相互作用は、金融政策を二つの点で難しくしています。第一に、インフレを供給要因と需要要因にリアルタイムで明確に分解することが難しくなります。第二に、金融政策が誤った判断材料に反応してしまうリスク、すなわち供給主導の減速局面で引き締めを行ったり、需要主導の再加速局面で緩和に転じたりするリスクが高まります。
現時点では、インフレ期待が安定していることから、FRBには忍耐強く対応する余地があるため、PIMCOは2026年を通じて政策が据え置かれるとみています。ただし、インフレが目標を上回った状態が続き、その要因が曖昧なままである限り、FRBおよび市場は、通常よりも幅広い政策シナリオに直面する可能性があります。